ここ数年、日本各地でトリコフィトン・トンズランスという新しい水虫菌が外国から持ち込まれ、柔道をはじめとする格闘技選手の間で流行していることが問題になっています。この病気は特殊な病気ではなく、格闘技選手のみならず、家族内感染により主婦の方にも感染がみられていますので、格闘技をしないからといっても他人事ではありません。正しく理解すればこわい病気ではありませんが、治療を怠ると保菌者となって感染源となってしまいます。
白癬菌はヒトの角質層(アカ)・毛・爪などの主成分であるケラチンという蛋白質を食べて寄生するカビの1種です。足にできると水虫、股にできるとインキンタムシ、体にできると(ゼニ)タムシ、頭にできるとシラクモと呼ばれます。この新しい水虫菌は体・頭に寄生しやすいため、タムシ・シラクモという症状をおこします。タムシは少しかさかさした、リング状の紅い発疹というのが典型的ですが、この水虫菌による場合には症状が軽く、擦り傷やかぶれと思われることも少なくありません。格闘技の性質上、顔・首・上半身に主にみられます。シラクモはふけやかさぶたが少しできる程度の症状の軽いものや、black dotといわれる、毛が途中で切れ、毛穴の部分が少し盛り上がって黒く広がるといった症状を呈することが多いです。しかし、この水虫菌の特徴として毛穴の中に入り込んでヒトと共生するために、見た目にはほとんど症状が無いことも少なくありません。実際に神奈川県下のある高校柔道部11名の検診を行ったところ、診察でこの病気が判明した生徒は1名だけでしたが、ヘアブラシを使った培養を行った結果では4名で菌の発育を認め、このうちの2名は全く症状を認めない無症候キャリアと呼ばれる保菌者でした。残りの1名も培養の結果を知って詳細に診察をしてやっと毛が抜けているところが見つかったという程度の症状しかありませんでした。以上のことからも、この病気の診断にあたっては、医者側からみても非常に難しく、格闘技を行っているという情報、注意深い診察と、培養検査が必要になります。
このトリコフィトン・トンズランスという水虫菌は十数年前より南北アメリカやヨーロッパでシラクモの主な原因菌としてとらえられていましたが、そのころ日本では数例が報告されるのみでした。しかし、スポーツ交流により2001年以降、日本各地の学生格闘技部員の集団発生が次々と報告されるようになりました。遺伝子の解析により、2001年以降の格闘技競技者で集団発生している本症の原因菌は従来日本に存在していた菌株とは異なることが判明しており、スポーツを通じて日本に持ち込まれた輸入真菌症といえます。また、他の水虫菌と違って、角質層への進入速度が数倍速いことが実験レベルでも確認されており、感染力が強く家族・友人にうつったり、一度感染すると非常に治りにくいという性質をもっています。
治療はつけ薬ではなかなか菌陰性化は難しく、可能であれば飲み薬による治療が勧められます。また、格闘技選手においては予防策として、トレーニング後のシャワー励行と共に、抗真菌剤含有シャンプーの使用も勧められています。感染が欧米諸国のように蔓延するのを防ぐ意味でも、予防および早期発見が非常に重要です。格闘技系部活単位の集団検診と共に、家族に格闘技選手のいる場合には、怪しいと思う皮疹を見つけたら近くの皮膚科専門医を受診し、家族に格闘技選手がいることを明示するよう心がけて下さい。
(神奈川県支部 畑 康樹)
|